編集後記(第44号)

新船海三郎

しんふね かいさぶろう | 



▼平成「最後」、さいご、と喧しい。なぜ何でもかんでも終わりにするのか、といいたくなるが、意固地になっても始まらないのでベルリンの壁崩壊で明けたこの30年を振り返る。激動の世界とともに自然災害が多発し、火山・地震活動の活発期だったとあらためて痛感。雲仙普賢岳の大火砕流(平3)を皮切りに、奥尻島大津波(5)、阪神淡路大震災(7)、三宅島全島避難(12)、新潟県中越地震(16)、同じく中越沖地震(19)、東日本大震災(23)、御嶽山噴火(26)、熊本地震(28)、西日本豪雨、北海道胆振東部地震(30)とつづいた。改元で地球が治まるとも思えないし、首都直下、東南海、南海地震がそれほど遠くなく起きることが予測されている。「さいご」をいうなら、自然災害に伴う人災による犠牲者を、「平成」終了とともにゼロにしてもらいたいものだが、どうもそういかないらしい。自公政権が打ち出した「東日本大震災からの復興の基本方針」が、津波対策として「〝逃げる〟ことを前提とした地域づくり」だからだ。透けて見えるのが「自己責任」の地域押しつけ。九州のある市では平地へ転居する人が増えているが、津波対策は避難経路の紹介だけという。ほんとにこれでいいのか。こういう政権を「さいご」にせずに何の「さいご」か、と思う。

▼天皇の代替わりである。西暦換算のややこしい時期にせずともと思うが、戦争好きの誰かをもじって新元号は「安武」にしたらという声に一強ならぬ一興かなどと独りごちる。それにしても、このところの天皇「神聖」化の深厚ぶりにあらためて注意が喚起される。皇后ともどもあまりにも「いい人」化されていないか。「象徴」の営為を探りつつ、自衛隊に足を運ばなかったのは賢明としても、被災地はじめ各地隅々を訪ねながら在留外国人や在日韓国・朝鮮人施設や学校、精神障害者施設は外し、戦争加害を語る地にも行くことはなかった。そこに政府の「意向」が見えるだけに、「象徴」行為についての国民的議論が必要と思われるが、それすらも畏れ多いとなっている気配。さて新天皇は如何。

▼本号がお手元に届く頃には終わっているが、今年の選抜高校野球に初出場した徳島県立富岡西高校の話を一つ。野球部の創部が1900年というから、野球に熱中した正岡子規がバットとボールを、同じ四国の郷里松山に東京から持ち帰ってすぐの頃になる。が、紹介したいのはそのことでなく、ここの校章。戦後、1949年の新制高校出発時に生徒から募集して決めたもので、アオギリに「髙」の字をあしらっている。当時、校舎の周辺にアオギリの大木が高く繁っていたことからのようだが、学校新聞の「富西新聞」には、「広島被爆のあと、真っ先に芽を吹いたという力強い生命力を持った木で本校校章にふさわしい」と紹介されたという。HPには、卒業生により植えられたアオギリの木は現在も校門正面に青々と繁っている、と伝えている。言いたいのは、原爆についてGHQがきびしくプレスコードをしいた時代に、被爆を背負って平和に立つときめた当時の高校生たちのその意識である。きびしくとも、また、だれに言われずとも自らそれを選ぶ、その心意気である。それやあらぬか、現代のチームはのびのびノーサイン野球で、優勝候補の一角、古豪の愛知東邦高校にあと一歩と迫った。

(新船)

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