【対談】日米安保は一体だれを守ろうとしているのか

 | 

孫崎 享(まごさき・うける)=1943年生まれ。外交官、評論家。66年外務省入省、駐ウズベキスタン大使、国際情報局長、駐イラン大使、防衛大学教授など。東アジア共同体研究所理事・所長。著書に『アーネスト・サトウと倒幕の時代』(現代書館)、『米開戦へのスパイ――東條英機とゾルゲ事件』(祥伝社)、『21世紀の戦争と平和 きみが知るべき日米関係の真実』(徳間書店)、『日米同盟の正体――迷走する安全保障』(同)など。

末浪靖司(すえなみ・やすし)=1939年生まれ。ジャーナリスト、日米外交と安保問題を長年追求、元「赤旗」論説委員。日本平和学会会員、日本平和委員会常任理事、日本中国友好協会参与。著書に『「日米指揮権密約」の研究』(創元社)、『機密解禁文書にみる日米同盟<――アメリカ国立公文書館からの報告』(高文研)、『9条「解釈改憲」から密約まで 対米従属の正体――米公文書館からの報告』(同)など。


安倍首相の改憲欲求

 

孫崎 私は、日米安保はかなり変質したという思いがあります。『日米同盟の正体』(講談社現代新書)でも書きましたが、もともとは日米同盟は基地をどうするかということでした。しかし、ソ連、東ヨーロッパの社会体制が崩れ、冷戦が終結したときから、アメリカ主体の帝国的な、アメリカがすべてを指導するという体制がつくられていきます。その中で、日本を使わなければいけないという路線が敷かれていきます。1992年ごろからです

末浪 わかります。

孫崎 ただ、最初からそれをやると日本国民は反対するだろうということで、自衛隊を海外の災害救助、人道支援に使う。これなら国民が反対しない。それで、慣れてきたところで軍事の方にいこうということで、2005年、日米安全保障協議委員会(2+2)で「未来のための変革と再編」を確認します。1996年の日米安保共同宣言でアジア太平洋地域に拡大した日米軍事同盟を、米国の戦争に地球規模で協力する新たな軍事同盟に拡大したわけです。

米国一国独裁的な世界秩序に日本も軍事的に全面的に協力する、という態度をとりました。これだけ大きい変革をしながら、日本ではほとんど関心を呼ばなかったわけですが、問題は、はたしてそういう世界秩序が構築できるかということです。アメリカ帝国的な動きというのはすぐに破綻、崩壊したと思うんです。

末浪 現在?

孫崎 はい。経済地図がすっかり変わってしまったわけです。

末浪 そうですね。

孫崎 いちばん大きな動きは中国です。2010年ごろに中国がGDP(国内総生産)で日本を抜いて世界第2位になったことは知られていますが、世界のGDPを見ても、かつてはG7が60%以上でした。ところがこれがいまは半分を下回るようになっています。G7的なものが世界を動かすという時代ではなくなってきた。当然のことながら、アメリカ中心で世界を動かすということもなくなってきた。そうすると、それに追随する日本の役割というものも本来的にかなり変わったはずで、そこを考えないといけない。

もう一つはアメリカ中心で動いてきた世界秩序が、実は世界を混乱させているということです。イラクしかりアフガニスタンしかり、シリアもリビアもです。これは平和を構築するための行動ではなく、別の目的があって動いていたわけです。ところがアメリカの力の相対的な低下があって、今のトランプ大統領が象徴するように、アメリカ・ファーストに態度を変えてしまった。

ですから、日本は対米従属でアメリカの言いなりという態度を変えなくてはいけない。ところが、安倍政権は自民党の歴代内閣をみても一番と言っていいほどアメリカ言いなりです。私はこの点で、安倍さんも関わった最近の二つの事件を見ておかなくてはいけないと思います。一つは小沢(一郎)さんと鳩山(由紀夫)さん下ろしです。対米自立を打ち出すと、いかにアメリカが排除に動くかということです。アーミテージ、マイケル・グリーン、カート・キャンベル……こういう人たちが外務、防衛はじめマスコミなどにもはかって小沢・鳩山下ろしに動きました。安倍さんはこれを目の当たりにして、対米自立をやったら政治的に持たないことを知っている。

もう一つは、福田(康夫)さん下ろしです。福田さんは集団的自衛権に反対でした。首相当時、アフガン協力として医療や輸送の分野に自衛隊を出せとか、財政支援をアメリカからかなり厳しく迫られましたが、福田さんは断った。その中で福田下ろしがあったわけです。動いたのは安倍晋三、麻生太郎、甘利明、菅義偉さんのグループです。ということは、アメリカと一体でいかないと長続きしないということを、安倍さんは一般的に考える以上に強く思っているということです。

末浪 それが安保法制の強行=集団的自衛権の行使容認、県民の意思を無視した辺野古新基地建設の強行、そして、武器の〝爆買い〟……になっていますね。まったくひどいものです。なぜそこまで、と思いますが、おっしゃったことに加えて、私は、安倍さんは自分の思想として、アメリカにべったりすり寄ることがアジアなり世界なりの秩序を維持していくうえで重要だと、執念というか信念、思想として持っていると思います。

もう一つは、孫崎さんの『戦後史の正体』とはちょっと違うかもしれませんが、岸信介首相の外孫として、祖父のやり残したことをやるという大きな目標、憲法改定ですね、これがあると思うんです。1960年の安保改定の2年前の10月、朝日新聞が報道しましたが、「憲法9条は廃棄の時である」と当時の岸信介首相が言っています。

安保改定というのは、ご承知のように、旧安保条約のアメリカ軍は自由に日本に駐留することが出来るというのに加えて、3条で軍備増強の義務、4条で日米協議、これは『日米指揮権密約の研究――自衛隊はなぜ、海外へ派兵されるのか』(創元社)でも書きましたが、日米行政協定にあった指揮権密約をそのまま安保条約第4条へ持ってきたのです。

そして第5条、これは日米共同作戦で、日本が攻められたときにいっしょに戦うとうたいました。こういうのが加わって安保条約が新しい段階に入ったわけです。

岸首相は1955年に鳩山内閣の重光外相のダレスとの会談に同席して、アメリカの意向が自衛隊を海外に出すことにあることをよく承知しています。しかし、憲法9条があるかぎりは無理だとよく分かっていますから、安保改定をやって憲法にも手をつけるというのが彼のスケジュールにあったわけです。ところが、改憲はできないまま退陣を余儀なくされた。

安倍首相はこれをなんとかやりたいというつよい思いがあるんじゃないでしょうか。

 

「極東条項」と外務省の平和勢力

 

孫崎 第一次安倍政権に非常に影響力があったのは岡崎久彦さん(外交官、サウジアラビア、タイの全権大使、外務省情報局長など歴任)です。2003年か04年ごろ、『中央公論』で対談したことがあります。そこで、イラク、アフガニスタン問題が話題になりました。私は、イラク、アフガニスタン問題はおかしい、平和にはならないのに自衛隊は加担している、と言いましたが、岡崎さんはそんなことはどうでもいい、要するにアングロ・サクソンが世界をずっと支配してきていて、これに刃向かったものはみなつぶされる、ということを示すことだと言われました。とくに日本人みたいに戦略的にものを考えられない人間が自分で少々考えたっておかしい結論を出すに決まってるんだから、そんなことはやめてアメリカ側に付け、ということをおっしゃっているんです。こういうことを岡崎さんは安倍さんに言っていると思います。その流れをずっと続けている。

もう一つは、安倍さんを含めて日本国民全体が福沢諭吉が書いたとされている「脱亜論」の考え方の延長線上にどうもあるように思うんです。中国や韓国、朝鮮半島はどうしようもない、こういう連中と手をつないでいたら我々のほうがおかしくなる、だからあいつらを切り捨てて白人社会との一体化に邁進すればいい、というもの。これが支配してきている。ところがこの世界地図、勢力バランスが本 当に大きく変わってきている、そのことを安倍さんに説く人がたぶん周りにいないんだろうと思うんです。

末浪さんと大きな違いがあるのは、安保条約をどう見るかという点で、私は60年安保改定を比較的肯定的に見ているんですが、それは集団的自衛権を見ていったときで、あれっという感じがしたんです。どういうことかと言うと、いま集団的自衛権でやろうとしているのは、世界中に自衛隊を持っていこうとしていることですね。

末浪 そうです。

孫崎 しかし、60年安保条約は極東に限っているんです。そして、明確にこれは海外に使わないという意思を示しています。もう一つは、日米安保条約は国連憲章に違反することはできないということを入れてあります。そういう意味では縛りをかけている。国連憲章は各国の主権の尊重をいい、武力行使についても「攻撃を受けたとき」と限定しています。この枠外の行動はとってはいけないというのが安保条約で入れてあるわけです。そうすると、集団的自衛権の動きがあったときに、じつは、安保条約がそれを止めているのではないかと思い至ったわけです。

考えてみますと、外務省の中は多くの人が思っている以上に、60年ぐらいまでは平和勢力が強かったんですね。「アメリカべったりではいかん。これにどう歯止めをかけるか」ということを考えて、60年の安保改定のときに、この人たちがかなり頑張ったのではないかと思ったわけです。

末浪 世論の動きも大いにそれに作用したといえますね。

孫崎 そうです。ところが、その人たちは、そんなこと言えないわけですよ。国民にそれを説明したいけれどできない。だから、新安保に切り替わって肯定的な面を言う人はだれもいなかったということで、実態が誤解されているところがあるんじゃないか。しかし今、日米同盟、未来のための変革と再編という動きと合わせてみると、止めなければいけないものは実はみんな60年安保で止めている。ということで、私はちょっと……。

末浪 違うところがあるとおっしゃった意味がわかりました。おっしゃるように、安保条約の改定だけではアメリカの望むようなことにはなりませんでした。例えばベトナム戦争ですね。韓国の場合はのべ31万の大軍を送って、5000人近い死者を出していますけれど、日本は自衛隊を出さなかった。これは安保条約の第5条で、先ほども説明しましたが、日本の施政権下の領域に攻撃があったときに日米が共同でやるということで、歯止めがかかっている。おっしゃる通りです。米韓同盟の場合には、「太平洋地域における武力攻撃に対処する」です。

孫崎 アメリカも、安保改定の当初案は太平洋でしたね。

末浪 ダレス(米アイゼンハワー大統領の下で国務長官、トルーマン政権下で安保条約の生みの親とされる)がそういう改定案を考えていたんです。ですから、おそらく日本の外務省は頑張ったのかもしれませんね。

ところが、アメリカとしてはなんとか共同作戦の範囲を広げたい。それで、安保改定後は少しずつ少しずつ、国民世論をなだめ、すかし、関心を薄くさせながら、日米共同作戦の制約の取りはずしをやってきます。最初に出てきたのが1978年の「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)です。安保条約の第4条で日米安全保障協議委員会(日米の閣僚級会議)をつくり、その下の防衛協力小委員会などでやってきた。

1990年代に入ってソ連崩壊、いわゆる冷戦構造が終結すると同時に、イラクのクウェート侵攻で湾岸戦争が起こり、日本は陸上の戦闘が終わったあとペルシア湾に海上自衛隊の掃海艇を派遣します。最初の自衛隊海外派遣ですね。さらに92年には「国連平和維持活動協力法」(PKO法)が成立し、カンボジア内戦へ自衛隊を派遣、アメリカのアフガニスタン戦争に際してテロ特措法による海上自衛隊のインド洋給油活動、2004年にはイラク戦争での陸上自衛隊の派遣と続きます。「極東」は米軍出撃の実績にもとづいて事実上、中東まで広がっています。そして自衛隊がアメリカの戦争を支援する範囲を世界に広げたのが2015年の戦争法=安保法制です。

しかしネックになっているのが憲法9条と国民世論です。日米政府はそこを見ながら、一歩一歩やってきたわけですね。

孫崎 一歩一歩というのは私も痛感します。冷戦が終結し、いわば「敵」がなくなって、いちばんの敵は日本経済になったわけです。

末浪 アメリカにとってね。

(続きは本文をお読みください)

一覧ページに戻る