安倍改憲をめぐる攻防と参院選

渡辺 治

わたなべ  おさむ | 政治学



はじめに

安倍首相が本格的に明文改憲に乗りだしたのは、第2次安倍政権の発足以来4年半がたった2017年5月3日に、読売新聞単独インタビューや改憲派の集会へのビデオメッセージで新たな提言(以下5・3改憲提言と呼ぶ)を行って以降のことである。

安倍首相は、その時点で衆参両院の改憲派の議席が改憲発議に必要な3分の2を確保していることを前提に、この提言に基づく改憲を、その改選前に強行するつもりであった。

ところが、安倍のそうしたもくろみに反して、その後2年以上たった現在なお安倍自民党は、改憲発議どころか、自民党改憲案を憲法審査会に諮ることすらできないでいる。

このような状況をつくったのは、ひとえに、改憲に反対する市民の運動と、それに励まされて安倍改憲に反対で足並みをそろえた野党の頑張りにほかならない。

そこで気の早いメディアでは、安倍首相は事実上改憲をあきらめたという見通しがささやかれているが、安倍首相は改憲をあきらめていない。

安倍自民党は、今度の参院選で3分の2勢力を維持し、今年秋の臨時国会から来年通常国会にかけて改憲発議を強行することを意図している。自民党の参院選公約では、5つの重点政策の5番目に「早期の憲法改正を目指す」という柱が掲げられ、安倍首相もくり返し参院選で改憲を争点にするようハッパをかけている。

逆に改憲反対勢力にとっては、この参院選で立憲野党を勝利させ、改憲派が3分の2を大きく割りこむ事態をつくり出せば、安倍改憲を事実上葬り去ることができる。かくして、安倍改憲の成否にとって参院選は、文字通り正念場となった。

本稿では、改憲をめぐる2年の攻防の到達点を確認し、安倍改憲阻止にとっての参院選の意義を検討したい。

 

一、安倍改憲をめぐる攻防の軌跡と現段階

 

1、5・3改憲提言のねらいと危険性

まず、この2年間の攻防をふり返ろう。

5・3改憲提言は極めて奇妙なものであった。日本の軍事大国化に立ちはだかる9条とりわけ2項を削除して、自衛のための軍備保持を謳うこと、これが、戦後70以上出された改憲案の大勢であり、安倍も提言以前は9条2項の削除論であったことは間違いない。

ところが、5月3日に安倍が提言した改憲構想は、9条1項、2項を残して、そのあとに新たな条文を付け加え、自衛隊を憲法に明記するという案であった。しかも奇妙さはほかにもあった。9条改憲以外に、提言が押し出したのは、「教育の無償化」であったが、これまた、自民党の改憲案にはかつてない案であった。

では一体、安倍首相はなぜこんな奇妙な改憲案を発表したのであろうか? くわしい検討は別にまかせる(*1)が、結論から言えば、この安倍改憲提言は、安倍改憲に反対する市民の運動を前に改憲を強行するにはこれしかないという切り札として出された案であった。

安倍の理想案は、9条2項の削除論であったが、安倍改憲に反対する運動を前に、この理想案では、立憲野党どころか公明党の賛同も得られない。

 

「市民と野党の共闘」が安倍改憲にもたらした2つの困難

安倍改憲に立ち塞がっていたのは、第1次安倍政権の改憲を挫折に追い込んだ九条の会の運動に加え、ほかでもなく、安倍首相が制定を強行した戦争法案に反対して結成された「総がかり行動実行委員会」(以下、総がかり)に始まる市民と野党の共闘であった。

総がかりのイニシアティブで実現した野党勢力の55年ぶりの共闘は、安倍改憲に2つの困難をもたらした。

1つは市民と野党の共闘を続ける中で、いままで改憲に反対の態度をとったことのなかった、野党第一党の民主党<CODE NUMTYPE=SG NUM=732E>民進党が、「安倍政権の」という限定付ながら、改憲反対の立場に立ったことである。

実は、自民党改憲派は、改憲に向けての2つのハードル、とりわけ衆参両院の3分の2の多数によらねばできない改憲発議のハードルを乗りこえるために、一貫して公明党などとの連携に加えて、野党第1党を味方に引き入れる戦略をとってきた。2000年に設置された憲法調査会の運営にはじまり、2006年の改憲手続法の制定も自民党と野党第一党の民主党との連携が重視されたのである。その結果、改憲手続法の発議へ向けての手続きは野党第1党との協議、合意を重視した仕組みとなっていた。ところが、市民と野党の共闘の経験を経て、民主党が改憲反対に回ってしまうことで、この手続きは、改憲発議には大きな痛手となったのである。

2つ目は、市民と野党の共闘が、16参院選の1人区でのそれに続いて衆院選の289の小選挙区でも実現するようなことになれば、衆参両院の改憲派3分の2の維持は覚束なくなることであった。

こうした事態に直面した安倍のとるべき選択肢は2つあった。1つは何が何でも市民と野党の共闘を分断することである。しかし、分断のために自民党がやれることは限られていた。もう1つの選択肢は、衆参両院において 改憲派が3分の2を占めているうちに、改憲発議を強行する道であった。

 

安倍改憲強行突破路線の困難

安倍首相は共闘の分断をねらいつつ後者の途を選んだ。となると、改憲発議のためには、公明党、維新の会をがっちり組み込んで強行突破しなければならない。ところがこれには大きな困難があった。

1つは公明党の支持母体である創価学会が、9条改憲にことのほか慎重であったことである。自公連立政権を壊したくない公明党は、2002年以来、自民党の要請で改憲の立場に立ったが、創価学会の意向を尊重して苦し紛れの案を打ち出した。9条1項、2項を残して、自衛隊を明記する「加憲」論(*2)が、それであった。そうした公明党には、9条2項削除論などはとうてい呑めるものではなかった。

他方、維新の会は改憲については公明党よりずっと積極的であったが、9条についてはあいまいであった。維新の会が熱心であったのが「教育の無償化」であった。

 

5・3改憲提言のねらい

安倍改憲提言が、9条改憲については「加憲」方針を打ち出し、9条以外では教育無償化を掲げたのは、こうした改憲をめぐる現状からは、当然の戦略であった。安倍首相は、公明党を味方に引き入れるため、公明党の加憲論をパクり、維新をとりこむため、9条以外では「教育無償化」を採用したのである。安倍が自公、維新だけで改憲発議と国民投票を強行するには、これしかない、という手、それが、5・3改憲提言だったのである。

5・3改憲提言の打ち出した自衛隊明記論は、9条2項を残している点で、確かに譲歩案であったが、それでも、9条2項とは別に実力組織として自衛隊保持を憲法に明記することで、自衛隊を「戦争する軍隊」にさらに変質させ、日本を「戦争する国」にすることが可能な案であった(*3)。だからこそ、安倍首相はこの案にその政治生命をかけたのである。

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