「伝える」ことを「伝わる」かたちに

――永六輔さんの語りをめぐって

井上一夫

いのうえ・かずお | 

1948年生まれ、元岩波書店編集者。著書に『伝える人、永六輔 『大往生』の日々』(集英社)。


永六輔さんって、知ってる?

 

学生さんたちに質問したことがあります。「永六輔さんって、知ってる?」と。

ときは二〇一三年秋、ところは都内某大学の大教室。メディア志望の学生たちに編集経験を語る特別講義の一場面です。このときわたしは、四〇年にわたって勤めた岩波書店をリタイアしたばかり。旧知のメディア研究者がタイミングよく声をかけてくれたおかげで、学生さんたちと向かい合うことができた。

このとき当然ながら、話題の柱のひとつは永さんの話になります。わたしは『大往生』(一九九四年)から『伝言』(二〇〇四年)まで、彼の岩波新書九冊を編集しましたから、語るべきことが多い。それに『大往生』は出版史上、瞠目すべき大ベストセラー、彼らも関心があるだろう。でも、ふと気になり、念のために確かめておこうと思い、「知ってる?」と訊いたのです。

こう尋ねたには伏線があります。じつは在職中にも一度、学生相手にしゃべる機会があって、そのときにこの質問をしたら、まったく手が挙がらなかった。「エッ、誰も永さんを知らないの?」 その経験ゆえの質問だったのですが、事情が違う。前回は少人数だったし、必ずしもみんな出版に興味を持っていたわけではなかった。でも、今回は一〇〇人近くもいて、しかも全員がメディア志望。さすがに知る人は多いだろうと思う。ところが、ここでもゼロでした!

ちなみに、その後もいくつかの大学でトークする機会があり、同じ質問をしました。まれに「ハイ、知ってます」という学生さんがいたとはいえ、やはりほとんどが「誰なんだろう?」という顔をしている。

じゃ、『上を向いて歩こう』という歌はどう? この質問にはそれなりの数の手が挙がり、「その歌をつくった人なんだよ」と話をつなげたものです。それにしても、ある年代以上なら誰もが知る有名人なのに、ここまで極端な差が出るものなのか。

さて、言いたいのはこの先です。

彼らは名前さえ知らなかった。したがって、永さんに関するイメージは皆無。でも、こういう人なんだよと前提知識を提供したうえで、話を広げていけばちゃんとついて来てくれる。具体例を挙げつつ、彼に学ぶべきことが多々あるよと語ると、しっかり頷いてくれました。あとで学生さんたちのレポートを読ませてもらいましたが、わたしの言いたいことをきちんとつかんでいて、しかも敷衍し発展させている。若い世代の感性は大したものだと感心しました。

この経験はあらためて大事な教訓になりましたね。つい、知っているはずだという前提で話しがちだけど、それではダメなんだと。そして共通する前提さえ確認できれば、たとえ馴染みのない人の話であったり、知らない世界の話であっても、ついて来れるものなのだと。

 

朝鮮の言葉で言ってごらん

このトークのとき、学生さんの反応がよかった話題をひとつ挙げます。

これは永さんがNHKの報道解説番組でしゃべったことで、わたしは放映当時は知らず、その語りをまとめた『もっとしっかり日本人』(一九九三年)で知りました。

彼はあるとき、在日の友人から不思議な質問をされたそうな。「永さん、英語で一、二、三を言えますか? フランス語はどうですか? ドイツ語は? イタリア語は?」 全部、言えた。ところが最後の質問に詰まる、「では朝鮮の言葉で」。永さんいわく「一番近い国の一、二、三がいえない。これには冷や汗をかきました」。

じつはわたしもこの話を知って、冷や汗をかいたのです。いまでこそ、「イル・イー・サム」、または「ハナ・トゥール・セッ」と言えますが、当時は知らなかった。永さんと雑談した折りに正直に告白し、頭を掻いたものです。

このエピソード、永さんの語りの特徴をよくあらわしていました。朝鮮半島をめぐる「大きな」議論は飛び交っていて、みんな何となく知ったような気分でいる。受け売りとも自覚せずに、持論らしきものを述べる人はとても多い。そしてそこには相当にあぶない俗説が潜んでいたりするし、無意識の差別意識が底流にあったりします。

そんなときに永さんはとてもわかりやすい比喩を持ち出していた。相手がどんな人たちなのか、知っているの? 理解しようとしている? 基本語中の基本語を知らないのはおかしくないか? と。

この話を紹介したとき、教室が少しざわつきました。「ア、知らないぞ」「オレは知ってたよ」、そんな会話があったかと思しい。永さんのメッセージは「知らないことをまず自覚しよう」であり、そのうえで「ちゃんと考えてみようよ」でした。その言葉は若い世代にしっかり届いたと思う。教室のざわめきはそのあらわれのように感じられました。

さて、永さんという人を一言で表現するなら、「伝える」ことを「伝わる」かたちにする名人です。いま挙げたエピソードからうかがえるように、たとえ彼を知らない人でも、アア、なるほど、そうかもしれないなと思わせる説得力を持っていました。彼の語りの姿勢と方法とは何であったか、わたしなりの角度から掘り下げてみたい。それがこの小論の趣旨です。

(以下は本文をお読みください)

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