特別インタビュー

凡庸な強権者〈安倍晋三〉

青木 理

あおき おさむ | 



戦後政治の矜持、倫理の破壊

7年8ヶ月、その前の第1次を入れると8年8ヶ月、この国の総理大臣を務めた安倍晋三が持病の悪化を理由に退陣した。憲政史上最長記録を更新したが、それはまた、憲政史上、自民党史上における汚点といってもいいのではないか。言葉は悪いが、戦後最悪の政権だったと思う。

この国の政治権力を与る者がかろうじて持ってきた矜持というか、受け継いできたぎりぎりの一線をことごとくぶち壊し、超えてしまった。例えば憲法解釈。単なる閣議決定で集団的自衛権の行使を容認した。あるいは人事。政治主導がいいとか悪いとかというレベルではない。内閣法制局長官、日銀総裁、NHK会長……。挫折させられたが、検察トップ人事への介入もあった。人事権を持っているからといってやっていいことと悪いことがある。権力というものは、抜き身でブンブン振り回していいものではけっしてない。ところが安倍晋三は公の意識というか、自分が特定の層の総理大臣ではないというごく当たり前の倫理観、反対している人たちをも代表する政治指導者なんだという意識が決定的に欠如していた。

歴代の政権でもいろいろな疑惑や不祥事というものがあったけれど、ここまで平然と嘘や詭弁を連発した政権はおそらく初めてだろう。政治に高度な倫理観や道徳なんてものを求めるほど初(うぶ)ではないが、それにしてもひどい。仲間に利益誘導を図って、それが問題化すると嘘をつき、ごまかし、公文書を破棄し、改ざんし、説明もしなければ、責任も取らない。そういう、質の悪い戦後最悪クラスの政権が憲政史上最長に続いてしまった。すでに痛い目に遭っているけれど、この傷は、けっこう長く引きずるのではないだろうか。

 

今日の「朝日」の世論調査を見ると、安倍政権はよくやったと評価するというのが71%になっている。病気で体を壊したことへの同情もあるだろうし、8年やったことへのお疲れ様ということもあるだろうけど、いったいこれは何だという気はする。マスコミも悪いと思うが、ある意味でこれが安倍政権8年の成果なのかもしれない。つまり勝ち馬に乗るというか、勝って多数を占めれば何をやってもいいとばかりに、安倍政権は多数でもやってはいけないこととか、権力者でも守らなければいけないルールというものを見事に破壊した。その結果として、市民、国民にもモラルの崩壊、倫理の崩壊みたいなことが起きた。為政者がこれだけルールを破壊し、約束事をめちゃくちゃにすれば人心も乱れる、質も落ちる。そういうことかとも思うが、ひどい民度だともいえるし、人がいいとも思う。

周りの陥没と一強、日本政治の劣化

ただ、この政権が一強で長期になったというのはべつに政権が強いからではなくて、日本の政治の劣化、すさまじい惨状みたいなものに培われた結果のように思う。一つは野党が多弱というか、ばらばらになって信頼を喪失した状況が続いたこと。選挙制度の問題も大きいのだろうが、自民党のなかの多様性がなくなったこと。かつての自民党を評価するわけではないが、中で疑似政権交代みたいなものを含めた権力闘争のようなことがあり、ある意味の活力があったけれど、それがほぼなくなって執行部の力が極度に強くなった。そして、2世、3世ばかりになって迫力もなくなった。だから、政権が高く屹立して一強になったというよりも、周りが全部陥没してしまったので一強になってしまったようなところがある。

安倍の支持理由にしても、半分くらいは「ほかにいないから」というものだった。決して盤石な、本当の一強だったわけではない。小池百合子が前回の都知事選挙で当選した直後、衆院選へ新党結成してという動きがあった。

「排除」を口にして失敗したが、下手をしたら政権交代が起きていた可能性もあった。つまり、対抗勢力がないから一強化していたに近い。そのことは、安倍晋三も周辺の連中もよく分かっていたと思う。だから、まつろわぬ者は悪しざまに攻撃するし、メディアなどにも恫喝、圧力をかける。

そういう強い政権ではなかったものが結局8年近くも続いてしまったという日本政治の惨状、劣化。そちらのほうが深刻なのかもしれない。

社会党や共産党が階級政党、イデオロギー政党だったのに対して、自民党は国民政党を自称してきた。ある時期まではそれがおかしくないような状況ではあった。党内にタカからハトまで取りそろえていて、中選挙区制のもとで権力闘争をして、AがダメだったらBに振れる。BがダメだったらCに揺り戻すみたいなことが行われてきた。けれども、それがほぼなくなってしまった。しかも、安倍晋三やその周辺にいる、日本会議なんかが典型的だが、ひと昔前だったら、右の隅っこにいて「変わったことを言っている人たちだね」としか思われなかったような連中が道の真ん中を堂々と歩くようになった。時代の潮流に合ったのか、彼らの影響を強く受けた政権がトータルで8年以上続いてしまった。このダメージは大きい。

 

〝嫌韓〟と安倍政権

さきほど述べた倫理観の欠如や戦後の矜持の破壊に加えて、安倍政権の期間で顕著になったものに、排外主義というか、排他と不寛容という状況がある。これは日本に限らず世界中で起きていることでもあるが、例えば北朝鮮だけではなくて、韓国にまで罵声や嘲笑を浴びせるような雰囲気、ヘイトスピーチが蔓延したり、歴史修正主義的な風潮がが相当に定着してしまった。僕は韓国に長くいたので思うのだけれど、韓国にも問題はあるにせよ、韓国に対してこれほど悪しざまに、馬鹿にするような風潮がテレビなどでも普通になってしまったのは、戦後初めてではないかと思う。これも安倍政権が8年続いた傷だろう。

安倍政権は、森友、加計、桜、公文書、また、憲法解釈とか改憲をしたいとかということとは別に大きな問題があるように僕はずっと思ってきた。安倍晋三が言ってきた、日本の戦後を支えてきた柱、根っこに関することだ。少なくともあの戦争は間違っていて、国内はもちろん周辺国に多大な迷惑をかけた、国策が誤って間違った戦争をしてしまったという認識、これはリベラルはもちろん保守政界でも一定程度共有されていた戦後の日本の歴史認識だったと思う。しかし、彼はそうじゃない。

安倍晋三という政治家は、2002年9月の日朝首脳会談(北朝鮮の拉致問題)をきっかけに一気に脚光を浴びた。日朝首脳会談はそれなりに成果があった会談だったと思うけれども、それを弱腰だといって田中均氏(当時、アジア大洋州局長として会談の実現に貢献した)らを徹底的に叩いてのし上がった。北朝鮮は異形の独裁国とはいえ、日本中に安易皮相な北朝鮮バッシングが広がってしまい、それが、すぐに韓国とか在日コリアンに対しても広がった。『嫌韓流』というマンガ本の出たのが2005年、嫌韓などということを公に言った初めての出版物だと思う。

その後、2006年から2007年にかけて「在特会(在日特権を許さない市民の会)」というヘイトスピーチをやる団体が出てきて、2006年に第一次安倍政権ができた。日朝首脳会談を契機に安倍晋三という政治家があおり、あおられ、大きくなった風に乗って、一気に日本社会に歴史認識の歪曲、戦後の保守も共有した歴史認識がねじ曲げられた。かつ朝鮮半島に対する差別意識、偏見を堂々と口にし、しかも北朝鮮だけではなく韓国、在日コリアンをも悪しざまに罵る風潮が出てきた。安倍政権の大きな罪の一つにあげていいだろう。

(続きは本編をご覧ください)

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