真っ白なリンゴでいいのか

トランプ政権と日本、そしてシルバー世代

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インタビュー・寺島実郎さん  聞き手・新船海三郎(本誌編集委員)

 

ユーロリベラリズムの試練、ホワイト・ナショ ナリズム

 

――トランプ政権が誕生して4ヶ月になります。イス ラム圏の入国禁止に始まり、ロシア疑惑、FBI長官 の解任など何とも落ち着きませんが、この間にはオラ ンダの総選挙、フランス、韓国の大統領選もありまし た。どう見ておられますか。

 

寺島 ひと言でいうと、ユーロリベラリズムの試練といえます。我々が、フランス革命までさかのぼることはないにしても、これが歴史の進歩だと思っていた、戦後の欧州統合に流れていたメッセージ――自由・平等・博愛、国家間の連携・協調といった、欧州を発信源とする、我々の実現すべき価値が揺すぶられている。フランス大統領選挙で掲げられたキーワードが象徴していると思いますが、極右のルペンは「愛国対虚ろなグローバリズム」、中間派のマクロンは「進歩対後退のたたかい」でした。選挙はご承知のようにマクロンが勝利しましたが、熱烈な支持を受けたわけではありません。ある種のとまり木、とりあえずの落ち着きどころを選んだように思います。

マクロンしか選択肢がなかったともいえますが、しかし振動はつづいています。国境を越えた連携や、人類にとって共通の価値といっていい自由・平等・博愛などはきれいごととして葬り去られかねない圧力が、世界中で高まっていることは確かといっていいでしょう。貧困と格差に対する苛立ち、グローバリズムといわれながら、何の恩恵にもあずかれない、むしろ割を食っている人たちの苛立ちは大きい。

私はゴールデンウィーク中、アメリカ東海岸を歩いてきましたが、いちばん耳に残った言葉が「ホワイト・ナショナリズム」でした。昨年の調査で、アメリカ人口に占める白人の割合は57・4%と6割を切りました。ブラック、ヒスパニック、アジア、ネイティブアメリカンなどが4割を超えたのです。そうしたなかで、プア・ホワイト=白人貧困層と呼ばれる人たちが、アメリカは我々が主導した国ではなかったのか、という疑問と戸惑い、そしてある種の不満を抱き始めているわけです。

背景にあるのは、ウォールストリートの懲りない面々による極端なマネーゲームです。マネーゲームの肥大化は、それによって莫大な資産を手に入れたごく少数の人たちを生み出した反面、かつてのアメリカを支えた自動車や重工業などを枯渇させました。企業が安い労働力を求めて海外進出したことで仕事がなくなり、従事していた人たちは将来の展望が見えず焦燥感をおぼえています。

そしてこの人たちが、トランプを選び、ヒラリー・クリントンを失速させたサンダース現象を支えたわけです。アメリカ全体で見ればヒラリーが得票で270万上回っていたし、就任時4割程度という前代未聞の支持率でしたから、すべての人がトランプ現象に乗じているわけではありませんが、しかし現実にこのような、過去に例のない大統領がスタートしているのです。その根底にあるのは、格差と貧困に対するプア・ホワイトの苛立ちであり、ただしそれは明確な主張が大々的になされたわけではなく、はっきりとは目に見えない形で彼らの心の中や空気感の中にうごめいていた。つまり、英語でいうspasm=痙攣が起きていた状態といえるのです。

ハゲタカ投資家が中枢にいる政権

寺島 今度の大統領選挙をふり返ってさまざまなことがいわれましたが、印象深かったのは、本音の見えない選挙だったということです。これまでは、自宅の庭に「自分は○○を支持する」といった看板を立てたり、車にステッカーを貼ってキャンペーンに参加している人をよく見かけましたが、今回はそれが一切見られず、みんな腹の中で何を考えているのか分からない状態でした。

背景にあるのは、冷戦が終わり、資本主義が勝ったと総括した人々が、1990年代になって資本主義を「金融資本主義」化させ、さらにそれをグローバリズムといいかえて肥大化を図ったことです。それがいまバックファイヤーとなって、アメリカの格差と貧困を拡大させている。この状況にプア・ホワイトが不満を抱くようになり、ただし表立ってはグローバリズムを否定しづらいため、無言の苛立ちとなってさまざまな形で噴出しているわけです。

そうして彼らはトランプを選択したわけで、トランプもそれに応え、「アメリカ・ファースト」「保護主義こそが経済を強くする」と、TPPからの離脱、NAFTA(北米自由貿易協定)の見直し、国境税の新設などを謳い、アメリカの古い産業界を保護する方向で政策を進めようとしています。しかし一方で、金融政策は驚くほどの緩和政策をとり、一段とマネーゲームを助長する方向で進めようとしている。これでは産業政策と金融政策がまったくの股裂き状態となってしまい、格差と貧困にいらだっている人たちにとっては何の解決にもなりません。

大統領選挙のとき、ヒラリーはグラス・スティーガル法の復活を宣言しました。1933年に制定されたもので、証券と銀行の間に垣根をつくり、強欲なウォールストリートを縛る法律です。トランプも討論の場で瞬間的にはヒラリーと同様の主張をしていたため、ウォールストリートからは「トランプが大統領になったらアメリカ経済は終わりだ」などといわれていましたが、彼らはいざトランプが当選すると「トランプも悪くない」と豹変しました。そうして彼らの思惑に搦めとられたトランプは、グラス・スティーガル法の復活どころか、リーマンショックを教訓に2010年にオバマ政権が制定した金融規制のためのドッド・フランク法(ドッド=フランク・ウォール街改革・消費者保護法)の廃止までいい出し、ウォールストリートに応えようとしています。

それは、政権の布陣を見ても明らかで、財務長官のスティーブン・ムニューチンはゴールドマンサックスのパートナーだった人物だし、商務長官のウィルバー・ロスはウォールストリートのファンドマネージャーでした。5月4日付の「日経新聞」に「フィナンシャルタイムズ」(4月28日付)の記事の紹介がありましたが、内容は「トランプ政権の本質は、ハゲタカ投資家が中枢にいる政権」というもので、まさに当を得ています。他紙では「ビジネスマンが入っている政権」などと評価しているものがありましたが、それは冗談が過ぎるというものです。彼らは産業界の代表でも何でもない。「育てる資本主義」という言葉からはほど遠く、彼らはマネーゲームのためのマネーゲームで資本主義を食い荒らして生きてきた代表です。それがこの政権の本質だと「フィナンシャルタイムズ」は指摘しているのです。

トランプ相場と称する根拠なき熱狂で、政策も実施しないうちに期待相場を盛り上げて、それに日本の相場も連動しています。そしてその実態は、片や古い産業の保護、片や新自由主義も真っ青な金融自由化路線という矛盾する政策で、経済理論的に非常に不安定なものを抱え込んでいます。まったくゆがんだ構図であり、およそ信じられない事態が進んでいるのです。

アメリカ経済が堅調である理由の一つには、シリコンバレーに象徴されるように、アメリカが情報技術革命の先頭を走っていることがあります。ところが、いまシリコンバレーがトランプ政権に向けている目はきわめて厳しく、両者は険悪な関係です。なぜなら、シリコンバレーには多国籍の人たちが集まっているからです。アップル社の創始者スティーブ・ジョブズは、父親がシリア人です。トランプの入国禁止命令によれば、アメリカには入ってこられなかった人です。その他、シリコンバレーにはインド、日本、韓国など、優秀な人たちが世界中から集まってきていて、それが、IoTといわれる情報ネット革命を主導し、アメリカ経済を支えている。

トランプは、いうならばこれを排除し、保護主義でアメリカを強い国にしようとしているわけです。しかもマネーゲームに依存している。この構造上の矛盾は、やがて、リーマンショックを再び巻き起こすでしょう。はたしてそれまでトランプ政権は持つのかということはありますが、我々はその光景を目撃することになるかもしれません。

(この続きは本誌をご覧ください)

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