「国家戦略特区」とは何なのか

岡田知宏

おかだ ともひろ | 域経済学、京都大学教授



【特集1 安倍政権下、壊されるニッポン】

「国家戦略特区」とは何なのか

はじめに

前川喜平前文部科学事務次官が、今治市における岡山理科大学獣医学部設置手続きを、「行政の私物化」と明確に批判したことにより、安倍内閣下の「国家戦略特別区域」(以下、「国家戦略特区」と略)が俄然注目を浴びることになった。本来厳正な審議をなすべき文部科学省の大学設置審議会も、上記獣医学部設置が国家戦略特区案件であることから、設置認可をせざるをえない状況となった。

一方、刎頸の友である加計学園の加計孝太郎理事長との関係追及を逃れるかのように、安倍首相は突然の解散・総選挙を実施した。解散前の議席を確保し、首相の座に引き続き座ることになった安倍首相は、自民党総裁として特別国会の審議を回避したり野党の質問時間の縮減を図る動きを容認し、なんとか逃げ切ることを考えているようである。一方、森友学園事件については、安部政権にとって次々と不利な事実が明らかになるなかで、首相の意向を「忖度」したかのように、検察庁が異常ともいえる籠池夫婦の長期拘留を続けている。

安倍首相が度々口にするような「丁寧」でかつ納得のいく説明が、実際には全くなされていないことから、この問題の根深さと重大性を改めて感じとることができる。併せて、私たち自身、この加計学園問題の背後にある国家戦略特区制度について、より深く知ることが必要となっている。そこで、小論では、加計学園問題が生まれる主因の一つとなった「国家戦略特区」とはいったい何なのか、それはどのような背景で生まれて、いかなる狙いで創設され、どのような帰結をもたらしつつあるかを筆者の得た客観的情報をもとに述べてみたいと思う。

 

Ⅰ アベノミクス「第三の矢」の具体化と、国内外多国籍企業の政策要求

一 国家戦略特区制度の創設過程

「国家戦略特区」制度は、2013年4月17日の産業競争力会議の席上、安倍政権によって再び登用された竹中平蔵が、アベノミクスをもちあげたうえで、「アベノミクス特区」を設けて、その「延長上で、最終的には、道州制のもと、地域が独自性を発揮して成長していくモデルを実現」すべきだと主張したことから始まる。竹中発言では、特区による規制緩和が最終的には道州制とも結びついている点に留意されたい。これについては後に述べるとして、この提案を切っ掛けに、同年6月には国家戦略特区を盛り込んだ「日本再興戦略」が閣議決定される。

周知のように、アベノミクスは、当初、大幅な金融緩和を「第一の矢」とし、日銀引き受けの国債発行を前提にした財政動員を「第二の矢」と位置付けた。しかし、それらは当座の「デフレ脱却」の手段であり、経済成長を図るためには「第三の矢」と位置付けられた「成長戦略」が必要不可欠とされた。その成長戦略が「日本再興戦略」であり、その実現手段の一つとして「国家戦略特区」という制度が新設されたのである。

ちなみに、「日本再興戦略」では、〈「国家戦略特区」を突破口とする改革加速〉という見出しの下に、次のような文章が続いていた。

「新たな手法として、内閣総理大臣主導で、国の成長戦略を実現するため、大胆な規制改革等を実行するための突破口として、『国家戦略特区』を創設することとする。この『国家戦略特区』では、国・自治体・民間の各主体が対峙するのではなく三者一体となって取り組む案件であって、これまでの特区では実現が期待できなかった、世界からの投資を惹きつける程度にインパクトのあるものに限って対象とし、スピード感を持って実現していく。

内閣総理大臣を長とする『国家戦略特区諮問会議』や大臣・首長・民間事業者からなる特区ごとの統合推進本部の設置など、特区をトップダウンで進めるための体制を速やかに確立する」。

つまり、首相官邸のトップダウン体制をつくって規制改革等を実行し、国・地方自治体・民間事業者が「三者一体」となって遂行することを謳ったのである。

2013年12月には、この提言に基づき「国家戦略特別区域法」が国会で成立して、正式な制度運用が開始される。その後、規制改革会議及び産業競争力会議で、成長戦略を具体化するための議論がなされ、2014年6月の「骨太の方針2014」に集約されていく。この間、後に述べるように、国家戦略特区の第一次指定が2014年5月に行われた。

地域指定の問題に入る前に、第二次安倍政権の成長戦略の全体像を知るために、規制改革会議と産業競争力会議の提言のポイントを確認しておきたい。前者は、「岩盤規制」に「ドリル」で「風穴をあける」を強調し、雇用(労働時間規制の緩和)、農業(農協・農業委員会制度改革、農地取引の企業開放)、医療(混合診療)を主要ターゲットにあげた。また、産業競争力会議の方では、「日本再興戦略」を改訂し、企業の「稼ぐ力」(=収益力)を重視し、雇用(女性、外国人労働力の活用)、福祉(公的年金資産での株式運用増)、医療(医療法人の持ち株会社制度)、農業(農林水産物輸出推進)、エネルギー(原発早期再稼働、発送電分離、再生可能エネ買い取り価格制度改定)を特に重視した。

これらの政策を通して、雇用、農業、福祉、医療分野に切り込み、大企業の収益増をサポートする「世界に誇れる事業環境」の創出を図ろうとしたのである。安倍首相は、2014年6月16日、産業競争力会議の席上、「この1年間の努力の結果、これまで挑戦することすらタブー視されていた壁、何度も挑戦したが乗り越えられなかった壁を突き抜けるような政策を盛り込むことができた」と自画自賛した。

ここで注目すべきことは、安倍首相が「戦後以来の大改革」と強調した枢要点が、「戦後改革」によって実現した非軍事化、民主化政策の成果である独占規制の強化(財閥解体)、労働権の強化(労働改革)、地主制の解体と公選制に基づく農業委員会による農地取引の規制、農村の民主的発展の担い手としての農協の創出(農地改革)を、多国籍企業の蓄積欲求に基づいて解体・再編し、解雇自由、農業、医療、福祉への営利企業の参入規制の解除、農協、農業委員会制度の政治的改変を積極的に行ったという点である。それは、同時に、当時、TPP(環太平洋経済連携協定)反対運動をリードしていた農協や農業委員会の系統組織、日本医師会に対する組織解体、分断の政治的攻撃としての意味ももっていた。

 

二 国内外多国籍企業による政策要求

ちょうどこのタイミングで、安倍首相と度々衝突していた日本経団連の米倉弘昌会長(住友化学出身)が退任し、榊原定征(東レ相談役)が新会長に就任する。東レは、海外生産比率66%で、ボーイング社など軍需メーカーに炭素繊維を納入する多国籍企業である。新会長は、就任挨拶において「経済社会のイノベーションを進め、日本を再興する」と、安倍政権への全面的支持を表明する。現状認識において、「日本を世界で一番、企業が活動しやすい国にする」改革は大歓迎として「『日本再興』の絶好のチャンス」だと賞賛した。

さらに、「イノベーション」については、技術革新に加えて、「政治・経済・社会など国民生活全般にわたって」旧慣、制度を変革すべきだとし、具体的に、社会保障制度、農業、女性の活用を指摘した。併せて、「グローバルな成長を取り込む」として、TPP推進、法人実効税率引き下げ、原発早期再稼働を強調したのである。安倍政権は、「骨太の方針2014」において、経団連からの要求に基づいて、法人実効税率を数年で20%台まで引き下げることを盛り込み、その親密ぶりをアピールした。

経団連は、すでに同年4月15日に発表した提言『わが国企業の競争力強化に向けて』の中で、「日本の付加価値創出力の強化」策として「国際的なイコール・フッティング」の実現をあげた。これは、国際的な競争条件に合わせるという意味であり、医療・介護、農業、バイオ等の成長が見込まれる分野での規制改革、国家戦略特区等の活用、法人実効税率の引き下げ、インフラ強化などを求めた。インフラの中には原発、新幹線、下水道等が入ってくるわけである。

他方、米国通商代表部は、2014年3月末に『外国貿易障壁報告書』を発表する。そこでは、米国政府が、TPP交渉だけではなく、二国間交渉を並行して求めていたことがわかる。そして関税撤廃を求める一方で重視しているのがサービス障壁の撤廃である。これが規制改革対象分野である。具体的には郵政、保険、共済、金融サービスから始まり、司法サービスや教育サービスまで包含されている。さらに知的所有権や、政府調達―公共事業へのアメリカ企業の参入機会の創出、PFI推進もこの中に入っている。

さらに、投資障壁の撤廃に加え、留意すべき点は「透明性」の確保に関わり、「すべての利害関係者に対して諮問機関及びその他政府開催グループへの参加を求める」という文言が入っていることである。つまり直接利害関係者も各種会議体に参画させろという要求である。実際、TPP交渉では、米国の大手民間企業の利害関係者が参画していたパネルがあった。国民を排除しながら多国籍企業代表者は発言権をもち、自らの利益を主張、具体化する場とすることがねらいである。

実は、同じ仕組みが国家戦略特区の中に入り込む。後に述べるように特区域会議のメンバーとして事業を提案した当事者企業・法人が委員として入る仕組みとなっているのである。

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