【対談】共闘から市民政治へ

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大西 広(東京1区市民連合事務局長)

佐々木 寛(市民連合@新潟共同代表)

 

 

信頼が〝We can do it〟へ

大西 新潟は大勝利ですね。おめでとうございます。

佐々木 ありがとうございます。大西さんのところも、なにせ「東京1区」ですものね、おめでとうございます。

大西 ありがとうございます。いろいろ障害はあったけれども、安保法制のたたかいからの信頼関係がそれを一つひとつ乗りこえさせました。候補者の海江田万里さんも頑張りましたので、一つの達成感はあります。ただ、共産党が得票・議席とも減らしましたので、その点をどう考えるか。それがないと総括が終わらないですね。明日、市民連合の集まりがありますから話題になるでしょう。

佐々木 今度の選挙の結果を見ますと、希望を除いて与党に勝った県は3勝1敗の沖縄と4勝2敗の新潟だけなんです。その意味では新潟もさらに象徴的なところになりつつあると思っています。2敗の5、6区も無所属でしたから、たとえば立憲民主党で出ていれば惜敗率で比例に入ったでしょう。そうすると6区とも野党共闘の議員が生まれたかもしれません。

選挙が終わって、なぜ新潟で可能なのか、ときかれますが、やっぱり、先の参院選、県知事選とたたかってきた経験、しかもどれも勝利してきましたから、その体験が大きかったと思います。

大西 うちも同じです。東京1区は千代田区の全部と新宿区、港区の各一部で構成されていますが、それぞれ安保法制に反対するたたかいにはじまってずっと共闘して運動を進めてきています。そういう、それまでの経過が大きいですね。こんどはいきなりの解散でしたから、それがあったかなかったかは決定的だったように思います。

佐々木 おっしゃるとおりですね。結果だけを見ていると分からない経緯や文脈があるわけです。安保法制へのたたかいの末にあるわけですから。新潟の場合、今度の選挙は私個人の感想でいうと、それほど身を粉にして走り回ったという記憶はありません。何というか、野党共闘の選挙活動が次第に制度化してきたというか、それぞれのアクターに身体化してきているというか、連絡の取り方や話し合いの仕方などなど、もう手放しでも大丈夫になったといえば言い過ぎですが……。

大西 当たり前になった?

佐々木 そうです。当たり前のように共闘ができた。市民の側も、以前にも増して「私たちはできる(we can do it)」という自信があったと思います。もう3回目の選挙だったということも他の地域とのちがいではなかったかと思います。

また、いままでは野党第一党ということで民進党が各選挙区の活動の中心でしたが、その民進党が希望の党に合流し、事実上消滅しました。しかし新潟では希望の党からの出馬をよしとしない有権者が多く、野党候補者は1区を除きすべて希望ではなく無所属で出ることになりました。そしてそのことによって、候補者たちの支持基盤が市民と野党との共闘以外になくなってしまうという構図が生まれました。私の見るところでは、旧民進党の候補者たちは、その苦渋の決断のなかで、次第に考え方が変わっっていったというか……。

大西 ほう。

 

政治家として変わっていった

佐々木 政治家として生まれ変わった面があるように思います。

大西 運動がなかったとしたら、希望でもいいとなっていたわけですね。ところが、安保法制に反対をいい、集団的自衛権は憲法違反……といっていたわけですから、それと違うことをいうわけにはいかない……。

佐々木 そうなんです。

大西 大事ですよね、その経緯というものは。新潟では参院選挙を森ゆうこさんで勝ったというのも大きかったんじゃないですか。生活の党でしたか、あのときは。いまは自由党ですね。民進と共産しかないというのではない……。

佐々木 そうです。参院選を民進でたたかっていたら県知事選も民進中心の選挙になっていたでしょう。しかしそうはならなかった。それは大きな経験でした。それによって、民進にも連合にも過大に寄りかからないで、市民が市民の力を中心に、それを信じてやっていこうという、ある種のコンセンサスができあがったと思います。県知事選のときは、最初は連合も民進もずいぶん私たちと距離を置いていました。

大西 原発問題が大きかったんでしょうね。ある種の板挟み状態……。

佐々木 でも、最終的には連合も蓮舫さん(当時、民進党代表)も来てくれました。ですから、県知事選挙は終始、市民の側がイニシャティブをとっていたといえます。森さんは今回、自由党が希望にいくということでスタートは遅れたのですが、いったん腹をくくったら、再び「市民と野党はひとつ!」を旗印に猛烈に応援に入ってくれました。ですから、歴史にifはありませんが、あのとき民進でたたかっていたらこうはなっていなかったろうと思いますね。

森さんは選挙がうまい。小沢一郎仕込み、すなわち田中角栄仕込みなのですが、新潟の有権者に浸透するのが上手で、集票力もあります。とくに3区は50票差でしたから、もちろん、知事の応援や連合のテコ入れなども大きかったのですが、彼女の活動量は重要だったと思います。

 

野党共闘をつぶす目的だけの「希望」

大西 希望が旗揚げしたときはどうでしたか。

佐々木 それに民進が合流したでしょう。野党と市民の共闘でやってきたものとして、ほんとうにびっくりだったし、残念でした。「希望」どころか「絶望」しましたね(笑い)。

大西 東京は小池百合子の都民ファーストが都議選で圧勝したでしょう。188万票とった。とんでもない勝ち方です。それが、例の「排除」発言からガクッと勢いがなくなり、選挙に突入しました。衆院選の東京の票の出方はそこがポイントですね。

東京1区の場合、都議選は新宿で民進が候補を立てましたが7千500票で、共産党はそこで2万5千票とって当選しています。千代田、港では民進は候補者すら立てられませんでした。壊滅とはいいませんが、近い状態にあったといえます。それが、立憲民主党が立つことで動いたわけです。しかしそれは、たんに海江田万里という候補者がいたからではなくて、この数年来の市民の運動がつくり出したといえるように思います。選挙前とは丸っきり状況が変わりました。そうなってみると、自民党の強さが出てきますね。

佐々木 希望の盛衰の過程は、まるでジェットコースターのようでしたね。新潟では、当初希望から出るといっていた候補者が二人いました。それを、たとえば六区では、「希望から出るなら市民連合から対抗馬を出すぞ」とまでいって翻意を迫りました。

大西 希望の党が野党共闘を妨害し、当選させないために出てきた政党であることがはっきりしましたものね。

佐々木 私たち市民連合は、記者会見をして、希望とは一緒にやらないと明言しました。ですから、すっきりとした状態で選挙をたたかうことができました。

大西 その辺は、東京でないということも影響しているでしょうね。いろいろいっても東京は連合も政党も中央組織のあるところですから、何かとんでもないことが起きるかもしれないと思ったりもしました。

東京1区では、新潟のような選挙経験があるわけではないので、「支持」を決めた立憲民主の選挙運動には連合の都本部が大きな発言力を持って選挙を采配するという、従来の形で選挙戦がたたかわれました。もちろん、市民連合は協定を結んで選挙戦に臨んだわけですが、各政党や市民連合、候補者が一枚の協定書に名前が並ぶのは避けてほしいと連合側からの要望があったので、市民連合は候補者や他の政党と一枚の協定書を調印することはできず、候補者や各政党毎に個別の協定を結ばざるを得ないということがありました。候補者カーに市民連合が乗ることも制限されたり……それを了解しつつ、それでもできることがあるはずと知恵を絞って選挙をやったわけです。

佐々木 それはびっくりですね。そうだったんですか。

大西 ですから、共闘といっても市民連合がブリッジとなった形のものでした。でも、それも一歩ですから、進んでみないと見えないことはいっぱいあるわけです。我々もただ手をこまねいて見ていたのではなく、立憲民主党都連の宣伝カーをかりて回りましたし、第一声の時など何度かは候補者と並んで一緒に演説もしました。

選挙をふり返ってつくづく思うのは、労働戦線の不統一問題が野党と市民の共闘にも大きな影を落としている点です。解決すべき問題の焦点の一つですね。

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